みじかい小説「川」
土手に座って川を見ていた。用事があるわけではなかった。ただ川を見るために川へ来たのだ。
川のすぐ近くで喧嘩をしている男女がいる。どちらもトランペットのような楽器を持っていて、向かい合って立ち、吹き鳴らしている。片方が吹いている間は片方は吹かずにじっと聞くというのがルールのようだ。セッションでなく喧嘩だとわかるのは、音に起伏があり、まるで喋っているかのように聞こえるからだ。
(あなたはいつもそうやってごまかすよね!)
(はあ? ごまかしてないよ! お前こそ話を複雑にしようとしてるだろ)
(なにそれ? してませんけど?)
(してるだろ、もっとちゃんと話し合おう)
実際はトランペット的な楽器の音なのだが、こういう風に喋っているかのように聞こえてくる。かなり大きな音を出していることもあり、二人とも息切れ気味だ。それなら直接喋った方が効率が良いのではないかと思う。
喧嘩は終わらない。僕は川を眺めている。川の雄大さの前ではなにも隠せないような気がしてくる。今までにあったいろいろなことを反省してみる。普段なら思い出しただけで憂鬱になってしまうような過去の失敗も、川を見ながらだと落ち着いて原因や対策を考えられる。
(いい加減にしてよ! わたしは悪くないんだってば)
(あー言ったね。全部俺のせいだと思っているんだろ)
(そうとは言ってない)
(でもそういうことだろ? お前のせいじゃないってことは俺のせいだ)
(ねえそのお前っていうのやめて)
とはいえ、なにも考えずにぼーっと川を眺めている時間の方が長い。いまもそうしたいのだが、トランペットのようなものを持った二人の喧嘩は白熱して来ている。なんのことで揉めているのか全くわからない。しかし二人のトランペットのようなものによる話の内容からして、お互いに罪を押し付けあっているのは確かだ。誰かが仲裁に入らねばなるまい。
僕は大正琴を持って立ち上がった。
(きのこ)