足の遅い亀は弱い? 『血界戦線』最高というお話
そうだ レオナルド君 一つだけ認識を改め給え君は卑怯者ではない何故ならまだ君は諦めきれずにそこに立って居るからだいいか光に向かって一歩でも進もうとしている限り 人間の魂が真に敗北する事など断じて無い(『血界戦線』1巻「魔封街結社」より)
人は弱い。俺も弱い。起きなきゃいけないのに寒さに負けて布団から出られない朝がある。やめなきゃいけないのに酒に手が伸びてしまう夜がある。
だから強さに憧れる。じゃあ、強さって何だろ?
そして『血界戦線』を読み返す。どのエピソードも素晴らしいんだけど、俺が一番好きなのはやっぱり第1部の最終章「妖眼幻視行」。
大好きなレオが一番追い詰められるエピソードだ。
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レオ史上最大のピンチを迎えて、俺が最初に思ったのはこうだ。
ザップこの役立たず! 「いつもいじめてくるけど実は面倒見が良くてピンチの時にはなんだかんだ助けてくれるキャラ」じゃねーのかテメーは痴話喧嘩で仲間の窮地に気付かない間抜けは一生腰振ってろ!
汚い言葉だけどこれが最初に感じた、素直な怒り。
あれもこれもぜんぶ伏線で、へそ曲がりで横暴だけど兄貴分のザップが真っ先に駆けつけてくれんだろ、とタカをくくってたところがあった。でも来ねーんだこれが。だーれも、抜き差しならない局面に到達するまで気付かねーんだ。
あれだけ厳戒態勢を敷いといて、なんなら全員がその決定的瞬間に立ち会いながらも、誰一人、レオの窮地に気付けない。なぜか? 彼の見えてる世界と他の人の見えてる世界が違うから。文字通り。
でも、結局、レオを一番ナメてたのは俺だったんだ。
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『血界戦線』の舞台はヘルサレムズ・ロット。かつてニューヨークだったその街は、一夜にして異界の入り口に変貌した。
異形が闊歩し混沌が支配するこの街では、何気なく犯罪が重ねられいともたやすく命のやりとりがなされる。まともな人間は寄り付かない魑魅魍魎の街。
レオは、ある日突然、妹の視力と引き換えに与えられてしまった“神々の義眼”という(望まない)チート能力を駆使して、その眼を返還してでも妹の視力を取り戻すため、そのトチ狂った街に潜入してきた。
彼が接触したのは、そんな狂気の街でも“いつ破れるとも知れぬ均衡を守るために”暗躍する秘密結社ライブラ。
『血界戦線』は、ライブラの活躍がおおよそ1話完結型で綴られる熱血少年漫画だ。
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血界戦線第1部の最終章「妖眼幻視行」。こっからはネタバレ注意ですぞ。
レオは一貫して物語の語り部だった。神々の義眼を押し付けられ“見届ける”役を仰せつかったからだ。
心優しきレオによる、血で血を洗う悪夢の街、ヘルサレムズ・ロットの観察記。
それは、足が悪くて車椅子で、その上なんの脈絡もなく視力を奪われた妹・ミシェーラへの手紙という形で綴られてきた。
ライブラの構成員はバケモンじみたやつらばっか、いわば全員ジョーカーみたいな手札が揃ってる。
他人の視界を盗んだり彼にしか視えないものを視たりっていうチートを持っているとは言え、やっぱりジョーカーには劣る、レオはせいぜいジャックとかそのあたりだと思ってた。
何度も世界を救ってきたライブラにおいて、作戦の要になる時もあるけど、それもたいていは後方支援で、荒事を解決するのは周りのジョーカーたち。
だから、回想という形じゃなくて、レオの妹が初めて、しかもよりによってレオと同じ神々の義眼保有者を引き連れて現れた時に、俺は小賢しくもこう思った。
神々の義眼というチート能力が相殺されてしまった時、レオはなんて無力なんだろう、と。
その優位性が奪われたら、後はチビで貧弱な、心優しい生身のレオしか残らない。
だから、ザップ何やってんだこの間抜け! はよ助けに来い! と罵りたくなった。肝心のとこで助けに来なくて何が兄貴分だ!と。
でも違った。レオの覚悟をナメてた。
いざって時に声が出なくて一歩も動けなくて、足の悪い妹に視力さえ差し出させるようなレオを心のどこかで俺は責めてた。運命の分かれ道で「奪うなら私から奪いなさい」と妹に言わせてしまう兄を、どこかで侮ってた。
一生分背負った後悔も、その先の人生を捧げる覚悟も、ずっと描かれてきたのに。
レオもまた、不退転の意志をもった騎士だった。歩みは遅いけど、一歩ずつ前に進む。妹も、ライブラのメンバーも、はじめから見抜いてた。
何を見てきたんだろう俺は。レオが臆病者なわけがないのに。わかってたつもりだったのに、勝手に物語における役割を決めつけてしまってた自分の了見の狭さに腹が立った。
きっとレオは立ち向かっただろう。もし神々の義眼を持ってなかったとしても。
レオは助けられるべき存在じゃなかった。足が悪くて目が見えないミシェーラも、守られるだけの存在じゃなかった。
たった2人の兄妹で立ち向かった彼らが、自らを助けることでまたしても世界を救った。
知ってますか?亀はその構造上後ろに下がる事が出来ないんだそうです。昔これを聞いた時真っ先に兄を思い浮かべました足がすくんで動けなかったり途方に暮れて立ち尽くしてもこの人は絶対に逃げないうずくまってじっと耐えていつかまた歩き出す私の亀の騎士<ナイトオブトータス>。(『血界戦線』10巻「妖眼幻視行」より)
『血界戦線』に登場するのは、バケモノじみてるけど不器用だったり性格が歪んでたりクソ真面目すぎたりする構成員と、不撓不屈の意志を秘めた青年だ。
姫を守り抜いてボロボロになったレオが入院してる病室で、ライブラのリーダー・クラウスが彼にかける言葉のあたりで、恥ずかしながらいつも俺の涙腺はぶっ壊れる。
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良き読者でありたいと思うけど、油断すると偏見だの決め付けだので俺の目は曇ってしまう。
(語弊があるけど)たかが漫画を読むにあたってもそうなんだ。いわんや現実においてや、だ。
「光に向かって一歩でも進もうとしている限り」。クラウスの1巻でのセリフが思い出される。10巻を読むまで、ほんとのところ、俺にはその意味がわかってなかった。
強いっていうのはどういう心のあり方だろう。最近はよく10巻を読み返してる。
月並みだけど、俺はやっぱり負けないことだと今は思ってる。
負けないこと。不撓不屈の魂。現実にはそんなものはほとんど存在しない。強くなくていい時もある。でも、だからそれがとても眩しい。
無限大