リレー小説・無限大
生きるとは、意味の連続性だ。例え単に無意味であったとしても、それを無意味だと知覚した瞬間からそれはやはり無意味という意味を持つ。だから、考えることは人生を豊かにするという言葉は一分の隙もない真理だ。無意味な人生を知覚することが人生に無意味という意味を与えるのだから。これが、前提だ。
と、パフェを見ながら考えた。パフェはグラスが透明だから、どのような中身かがすぐ見える。僕はパフェに長いスプーンを差し込んでかき回す。これは無意味だけれど、無意味という意味を持つ行為だ。
「食べ方が汚い」
都に言われて僕は謝る。僕の名前は県だ。都にはとても頭が上がらない。
そのうえ都はかわいい。
飛び抜けた美貌ではなく、男好きするタイプの愛嬌のあるかわいさだ。白いもち肌、肩より少し長いつやっとした黒髪、小動物みたいなくりっとした瞳、ほどよく甘い声。
ただ、それに反比例するかのように性格はひねくれていた。長い付き合いなのできつい言動にはもう慣れたが、背中に「呪殺」と白字で書かれた黒いパーカーを着てきたときはさすがにびっくりした。意味、無意味でいうとこれ以上、「意味」のある言葉もないだろう。呪うとは、相手をこれ以上ないほど考えることと同義だし、殺すというのは意味の連続性を断つということに他ならない。
そんなことを都に伝えればまた散々に罵られかねない。学生の頃、たまたまお互いの名前を話題に言葉を交わしたことをきっかけとしたこの関係は、側から見れば微笑ましい腐れ縁かもしれないが、僕から言わせれば違う。
僕は都に復讐がしたいのだ。
都は二杯目のコーヒーを飲んでいる。僕はぐちゃぐちゃになったパフェをぐるぐるとかき回している。
「都」
「なに」
「結婚しよう」
「いいよ」
僕は指輪も用意してきている。都の指のサイズも把握している。小箱を開けると都は嬉しそうな顔もせず手を差し出した。都の手に僕は指輪をはめる。ダイヤモンドの散りばめられた、婚約指輪としては十分に豪華なものだ。
「式は?」
都が言う。
「え?」
「式はいつやる?」
都は意外に乗り気だった。
ちょっと拍子抜けしたが、都がそういう反応をすることは分かりきっていたことだ。僕が結婚に特別な感情を抱いてどうする。
「式なんて、やる必要あるのかな?」
どうだ、都。困れ! そして上目遣いで懇願しろ!
「そっか……」
そういうと都は飲み干したコーヒーカップをそっとテーブルに置いた。
「馬鹿野郎! わたしは一度しか結婚しないんだぞ!!」
右の頬がかっと熱くなったかと思うと、僕の意識は暗転した。
目が覚めると、知らない場所にいた。白い天井が見える。ここは病院だろうか……。
「あ、起きた?」
都が僕の顔を覗く。だんだんと頭がはっきりするに連れ、状況が飲み込めてきた。僕は都にぶん殴られ、意識を失ったようだ。
「ごめん、リミッターを解除してたの忘れてた」
ペロっと舌でも出しそうな笑顔で都はいう。ごめんじゃないよ、全く。いくら僕がひ弱とはいえ、拳で成人男性を昏倒させたんだぞ。
パタパタと足音がして、看護師が現れた。
「よかった。アガタさん、気がつかれたんですね」
「ええ、すみません。服まで着替えさせてくださったようで」
「それは奥さまが」
「あ、そうですか」
感謝しろよ? と、目で都が言う。そもそもおまえが僕を殴ったんだろ……!
「あの、もう僕は帰っても?」
「だめですよ! 頭を強く打ったんですよ。もう少し、精密検査させてください」
「でももうなんとも……」
「だめです。何かあったときに責任取れません」
看護師は頑なだ。そんな僕らのやり取りをよそに、都は窓の外を眺めている。南塚の駅のホームを見ながら、都は何を考えているのだろうか。
「じゃあ、いつぐらいに退院できますか?」
「何もないことが分かるまでです。とはいえ、そんなに時間はかかりませんよ。明後日ぐらい」
やれやれ。何日か仕事を休むことになりそうだ。連絡をしなければ。
「奥さまからも安静にするように言ってください」
「そうよ、あなた。あなたにもしもの事があったらわたしはどうすればいいの?」
本当に心配しているのだ、といった表情で都が僕を見る。その姿に何か感じるものがあったのか、看護師は少し態度を和らげ
「幸い、外傷はないし、さっき調べたときには脳波も安定していたので、大事にはいたらないと思いますよ」
と言った。じゃあ退院させろ、と僕が言おうとしたのを都が遮る。
「わたし、ほんとに心配して……。あなたにもしもの事があったらどうしようかと」
こいつ、さっきとおんなじこと言ってる……。そこでぼくは気づいた。都は看護師から奥さまと呼ばれたことでテンションが上がっているのだ。なんてやつだ、今は夫を心配する貞淑な妻というキャラクターを演じているのだ。いつでもどこでも楽屋コント的な振る舞いをする悪癖が都にはある。